ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(晶文社)の書評(2017年12月「週刊読書人」に寄稿)
深い孤独の中にある魂の囁きを、作者のハン・ガンは(訳者の斎藤真理子は)、詩のように美しく形而上的で、かつ読者の心に直接語りかけてくるような芯の強い文章で描ききる
豊﨑由美
2026.10.03
読者限定
魂の叫びを描きたがる作家は大勢いる。でも、魂の囁きを描ける作家はそんなに多くはない。わたしがその代表と思っているのが、アメリカの作家レアード・ハントだ。
精神を少し病んでいて、過去や未来を幻視する能力を持ったノアという名の老人を主人公にした『インディアナ、インディアナ』(朝日新聞出版)。南北戦争が始まる前、たった十四歳でこの世の地獄のようなところに嫁いだ少女の物語『優しい鬼』(朝日新聞出版)。レアード・ハントは、つらい境遇にある者や、そのことで決定的に心を損なわれてしまった者が発する、小さな小さな声に耳を傾け、それを詩的だけれど抒情や感情に流れない端正な筆致で読者に伝えるのだ。
当方の海外文学体験が浅いせいもあるのかもしれないが、これまでレアード・ハントほどの“声”の持ち主に、わたしは出会ったことがなかった。ところが──。マン・ブッカー国際賞という大きな文学賞を、アジア人で初めて受賞した韓国の作家ハン・ガンの『ギリシャ語の時間』(晶文社)を読んで、自分の無知に恥じ入ることになる。こんな近くの国にいたのか、魂の囁きを描ける作家が、と。