ハリー・マシューズ『シガレット』(木原善彦訳 白水社)
知的なパズル要素とスタイリッシュなメロドラマ、コミックノベルを融合させたトヨザキ熱烈推薦の傑作面白人間ドラマ小説です!(2013年8月執筆)
豊﨑由美
2025.10.22
読者限定
1963年7月、保険仲介会社を経営している裕福な男アランが、エリザベスという謎めいた雰囲気をまとう美女といい仲になり、それが妻のモードにばれてしまい──という「アランとエリザベス」の章を皮切りにして、ニューヨークとニューヨーク郊外を舞台に、上流階級に属する13人の複雑な関係を、主に1936年~38年と1962年~63年を行き来させながら描いた小説が、ハリー・マシューズの『シガレット』だ。
大勢の男を魅了するファム・ファタール、エリザベス。動物画で有名だった若き日、エリザベスの肖像画を描いたことで画風を変えることに成功したアーティスト、ウォルター。アランとモード夫妻、その娘のプリシラ。モードの妹ポーリーン。ポーリーンの元夫オリバー。オーウェンとルイーザ夫妻、その息子のルイスと娘のフィービ。新進気鋭の評論家である弟モリスが絶賛するウォルターの作品を売っている画商アイリーン。そんな登場人物らの男×女、男×男、女×女による恋愛あり、奸計あり、駆け引きあり、復讐ありといった様々な人間喜劇の真相を、ウォルターが描いたエリザベスの肖像画の行方という謎を狂言回しに、親の世代が若かった時代と子供の世代が青春を謳歌する時代を往来させる中、じわじわと明らかにしていく、スタイリッシュな風俗小説なのだ。