梨木香歩『冬虫夏草』(新潮社)
名作『家守綺譚』から9年後にやっと出た続篇に興奮。物の怪と動物と人間が共生する幽玄の世界に遊ぶ心地よさを教えてくれる素晴らしい作品です。(2013年12月執筆)
豊﨑由美
2025.12.05
読者限定
百年少し前。売れない物書きの〈私〉綿貫征四郎が、亡き友・高堂の父親から〈年老いたので嫁に行った娘の近くに隠居する、ついてはこの家の守をしてくれないか〉と頼まれ、住むようになった庭のある家。そこでサルスベリの木に惚れられたり、床の間の掛け軸の中から高堂が会いにきたり、飼い犬のゴローが河童と仲良くなったりと、征四郎がたくさんの心温まる怪異を経験する日々を綴った梨木香歩の『家守綺譚』。二○○四年の刊行当時、「この小説が好きな人」と訊ねれば伸び上がるように手を挙げる読者が一千万人はいたものである。そして、その一千万人がみな続篇への期待に胸ふくらませたのである。……ところが、出なかった。一千万人の胸はしぼみ、われわれのつく溜息は小さな竜巻になって、たとえば府中競馬場のハズレ馬券を宙に巻き上げたりしていたのである。
だから、思わず声を上げましたよ、わたしは。白昼、幽霊に遭遇した人みたいに「出たっ!」と叫びましたよ、この本を見た時には。『冬虫夏草』。一千万人が九年間待ち続けた『家守綺譚』の続篇。冬虫夏草冬虫夏草、本を胸に抱いて、幾度もそのタイトルを口ずさみましたとも。で、読み終えた時、満足の吐息をふぅーっと深くもらしましたとも。