クラリッセ・リスペクトル『星の時』(河出文庫)書評

不幸と無知の極みであるヒロインを笑う「お前」は何様なのか(2021年5月「すばる」に寄稿)
豊﨑由美 2026.07.06
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 小説家は「どこか」から主人公を捕まえてくる。その人物を自分がこしらえた物語の中で動かすこともあれば、その人物が動き出すのを待つこともある。いずれにしても、たいていの小説家はどこかから主人公を捕まえてくる。しかし、そもそも「どこか」とはどこなのか。小説における主人公は、小説家に発見されるまでどこにいたのか。そんなことを考えさせられるのが、一九七七年、五十二歳の若さで亡くなったブラジルの作家クラリッセ・リスペクトルの遺作『星の時』だ。

 この小説の構造はこみいっている。まず登場するのがロドリーゴ・S・Mという名を持つ小説家の〈ぼく〉だ。彼は〈リオデジャネイロのある通りで、北東部から来た女の顔に浮かんだ破滅の感覚を〉〈空中でつかみ取っ〉てしまう。そして、〈ぼくがこの女の子を空想したのではない。彼女のほうがぼくのなかで自分の存在を強く示してきたのだ〉と読者に念を押す。そうしてつかみ取った主人公に対して〈痛々しいほど冷酷になる権利がぼくにはあるけれど、あなたがたにはない〉と読者に宣言する。〈どうかこれから始まる物語に、星々を期待しないでほしい。(略)この物語には、美しく歌われるような旋律はない。ときにリズムもずれてしまう。そして事実がある〉と釘をさす。自分が主人公である〈彼女〉にどんな感情を抱いているかを語り、この物語をどのように書けばいいのかという逡巡を語り、なかなか彼女そのものの話には入っていこうとしない。

〈ぼくは読まれているのと同時に書いているのだから〉

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