『それ行けトヨザキ!!』(「Number」で1997年から2000年まで連載された企画)
「邪道プロレスFMWで場外乱闘に巻き込まれる」
昔、わたくしはプロレス者だった。ハルク・ホーガンのアックスボンバーをくらった猪木が、ベロ出しチョンマ状態で失神した第1回IWGPを生で観た。長州力vs.藤波辰巳の十番勝負は全部観た。「皆さん、こんばんは。ラッシャー木村です」発言に爆笑もした。ジャイアント馬場はジャンボ鶴田と、アントニオ猪木は坂口征二とタッグを組んでいて、カール・ゴッチのもとで修行を終えたばかりの前田日明はまだ前田日明で、佐山聡はタイガーマスクだった。ワシが「ファイト」を貪るように読んでいたのは、そんな時代だったのだ。
その後マット界は群雄割拠状況に突入し、新日本・全日本という二大老舗に対するカウンターとしての団体が次々と誕生。そんな中、全日にいた頃はパッとしなかった大仁田厚がたった5万円の元手で始めたFMWはじょじょに力と人気をつけていき、今じゃスーパー・インディーに――。ということらしいのだが、近年プロレスの熱心な観客ではないワシは、実はそのあたりの事情に疎い。
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涙の引退興行まで行った大仁田がポーゴの呼びかけに応え、昨年暮れに一夜限りの復活戦と称して再びマットに上がったことくらいはスポーツ紙報道で知っていたけれど、「これをきっかけに、なし崩し的に復帰するつもりなんだろなー。いかにもプロレス的なシナリオだなー」程度の醒めた感想しか抱けなかったんである。そしたら案の定「ウイニングロード97」の札幌大会から大仁田の緊急参戦が決定! 「俺は札幌に嘘をつきに行く」と開き直る涙のカリスマではあったのだ。
というわけで、邪道プロレスの真髄と、涙のカリスマ大仁田に群がる熱狂的ファンの生態を確認すべく、「ボク、北海道初めてなんですぅ」、初のススキノ体験に胸ときめかす担当編集青年ユズエとともに、北の大地を目指したトヨザキなんではあったのだが――。
いるわ、いるわ。まだ開場まで2時間もあるというのに、中島体育センターの周りには熱心な大仁田ファンがうじゃうじゃとたむろっているんである。そんな光景を横目で見ながら、「FMWのファンは熱いですから、大仁田の悪口は言わないように。この間の二の舞になりかねませんからねっ」とユズエ。この間の二の舞……。ユズエの脳裏には、ガンバのサポーターに蹴りを入れられた前回(97年3月27日号)のワシの雄姿の残像がいまだに焼きついているらしい。何言ってんだかよお。「ガンバ、弱いですよね」のひと言で、熱狂的ファンに詰め寄られているワシを、遠くのほうでヘラヘラ笑いながらただ眺めていただけのくせしやがって、この図体ばかりが無駄にでかい弱虫毛虫野郎めが!
しかし。大丈夫だぞ、ユズエ。そんなこともあろうかと、ワシは今回安全靴をはいてきたから。つま先に鋼鉄を仕込んだブーツを自慢するバカライターを不安そうに見つめる担当編集青年。
が、安全靴による武装は正解だった。いや、別に誰かに蹴りを入れる必要があったとか、そういうこっちゃないんだけど、ほら、FMWって場外乱闘が多いじゃないの。そのたびに、パイプイスをドタバシャなぎ倒しながら逃げ惑う観衆。その勢いたるや、よくも将棋倒しになって死人が出ないもんだと感心するくらいの凄まじさなんである。もちろん、当然のごとく足をグワシャグワシャと踏まれることになる。でも、ワシは平気。だって、安全靴はいてるんだもん。
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「次はFMWのホープ、ハヤブサの登場か。リングサイドに行くぞ、ユズエッ」
安全靴の効用に勇気百倍。これなら危険地帯に乗り込んでも大丈夫なのさと意気軒昂なワシに対して、カバンを胸に抱え、いつでも逃げ出せる態勢万全の小心者ユズエは激しく首を横に振っている。「やめときましょ。ねっ、それだけはやめときましょ」。ったく、お前ときたらぁ。もういいっ、ワシは一人で行ってくる!
で、だ。人波をかき分けかき分け、ようやっとの思いでリングサイドに到着。プロのカメラマンに混じってコンパクトカメラを颯爽と構えたまではいいのだが、場内整理をしていた若手プロレスラーは、そのワシの首っ玉をつかんでひと言。「ほらほら、お兄ちゃん、席に戻って!」……ワシはお兄ちゃんじゃなーーーーいっ。支給してもらった記者用の腕章を憤然と見せつけたのだが、以降、何度邪険に「兄ちゃん、じゃま」「兄ちゃん、下がって」と一般人(しかも兄ちゃんだよっ)扱いを受けたことか。それもこれも、こんなチンケなカメラを買い与えたNumber編集部のせいなんである。
と、天を仰いで嘆いているワシの横に、予告もなしに吹っ飛んでくるハヤブサ。いきなり隣りで場外乱闘勃発なんである。モーゼの前で割れる海のごとく引いていく人波を前に、呆然と立ちつくすワシの首っ玉をつかんで「危ない、危ない」と引きずり回す場内整理の若手プロレスラー。飛び交うパイプイス、真っ赤な血しぶき。それでもシャッターを切り続ける戦場カメラマンのごときバカライター。誰か、ワシにピューリッツァー賞を!