宮沢章夫『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(新潮社)
5年ほど前、中学時代は仲がよかったのだけれど、ちょっとした事件をきっかけに長らく音信不通になっていたSから、ふいに電話がかかってきたことがある。
「中学の時にUFO見たことがあるよね」
どこから電話をしているのか、耳障りな雑音を背景に、Sは一気にそう訊ねてきたのだ。
「部活してたじゃん。で、陸上部の子が『なんだ、あれ』って空指して、大騒ぎになったんだよね。なんだ、あれ、なんだ、あれって」
なんだ、それと言いたいのはわたしのほうだ。20年ぶりに電話をかけてきたと思ったら、UFOって、なんだ、それ。しかし、Sはわたしの沈黙を意に介さない。
「うそっ、覚えてないの? テレビが取材にきたのに。トヨさんが一番大騒ぎしてたのに。UFOだ、UFOだって、運動場走り回ってたのに……。じゃ、いいっ。メキンちゃんに訊いてみる」
唐突に切れた電話を前に、わたしはじわじわと不安に包まれていった。UFO? テレビ? 一体、ひとはそんな大事件を忘れてしまうものなのだろうか。何日間も思い出そうと頑張ったのだけれど、記憶のかけらすら見つけられず、一時期不安はマックスに達し、ついに空を見上げてはUFOを探すようになってしまったのである。乱視のせいで実際よりも揺れて見える夜間の飛行機を見かけるたびに、UFOかもしれないと、立ち止まって数分観察するくせがいまだに抜けないのである。でも、だから、わたしには少しは理解できる、宮沢章夫『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』に登場する〈内田〉の不安とおののきが。